ちょっと変わってて世話が焼ける子?(1)

街

何でも不思議を発見する子

小学生の時にある難問にぶち当たりました。”手はなんのためにあるのか”そして、”手はいかに使うべきか”という超難関な問題です。この難問への答えが見つかるまでは、とりあえずてもちぶさだった手は、ポッケにしまっておいたのですが、ある体育教師が放った一言で、難問はあっさり解決しました。

「ポッケに手を突っ込んで歩くと、転んだ時に体を支えられずけがをします。手は出して歩きましょう!」手で体を支える!そうか!手にはそんな役割があったのか!わたしにとってはあまりに衝撃的な出来事でした。実は手で体を支えるという習慣がわたしにはなく、つっころぶとそのまま顔面から倒れていたのです。それからは意識して手を前に出すようになりました。

人とは違う視点からものを見る

奇妙な発想をする不思議ちゃんだったわたしが、うまく環境適応できずにいじめや、からかいの対象になっていった状況は、なんとなくご理解いただけるでしょうか。じょうずにタラントを引き出してあげれば、世紀の偉人になれるかもしれない、隠れた天才は発達障害の有無に関係なく、いたるところにいるはずです。

残念ながら日本は”出る杭はすぐ打たれる”国ですから、目立つよりも周囲と一体化していく事を求められます。一方で何かができる事や役に立つ事を、求められるのが現実です。いわゆる同調圧力に押しつぶれそうになりながら、自分を殺して生きている人は、どれだけいるのでしょう。他者と違う事をおもしろがる余裕を、多くの人が持ってくれたら、世の中は今よりももっと、生きやすく優しいものになっていくでしょうに。

体育の時間が行進曲とダンスの時間になった

話しを元に戻しますが、体育の時間が行進の練習と、ダンスの時間に変わっていた時期がありました。行進で繰り返したのは、手足を左右バランスよく動かす事でした。実は手をぽっけにしまい込んで歩いていた時、困った事がわたしの身におきていたのです。両手両足をどのタイミングで、どう動かしたら良いかわかりません。たとえば左手と右足を同時に出したら右手と左足は後ろ位置、次に右手と左足を前に出したら、左手と右足は後ろ位置です。これを繰り返すと、スムーズに歩行ができます。

通常誰もが本能でやっている事ができずに、まるでロボットのような、ぎこちない動きになったり、バランスを失ってつっころんだりしていました。 もしかしたら あの時の体育の授業は、変な動きをするわたしを矯正するためだったのではないか、そのような疑問がわくほど、その後の歩行はスムーズでした。

脱走の常習犯

保育園の頃はよく脱走してました。実は脱走班がもう1人いたのです。正真正銘の問題児だった、彼の感化を受けて、わたしも保育園をこっそり抜け出して、家に帰っていました。保育園でも幼稚園でも、友だちがいた記憶はありません。実際ひとり遊びが目立つ子供だったらしいです。当然親や大人たちから叱られますが、自分がいたい場所にいてはなぜいけないのか、理解できませんでした。

当時の教諭たちは、気が付くととんでもない場所で、1人遊びしているわたしを見て、専門家に見せた方が良いと考えたらしいことを、後から母に聞かされました。幼い頃から”変わった子”を発揮していたのです。

順番が覚えられない、列に入れない生きづらさ

当事者仲間からよく聞くエピソードに、”順番が覚えられない”というのがあります。一列に並ぶように指示された時、どの子の後もしくは前だったのか、何回繰り返しても覚えられません。どこかに潜り込むにも”あっちへいけ!”と、突き飛ばされてしまいます。あきらめて列外に立っていると、先生が気が付いて列に入れてくれるか、最後部に回されるのが常でした。この時はほんとにみじめで悲しくて、たまらない気持をかみしめていたのです。幼い頃から集団生活になじめませんでした。

後日カウンセリングセミナーで見せられたDVDに、そっくり同じシーンが出てきます。おそらく自分のような人間は、この世には存在しないだろうと思っていましたから、衝撃的でした。

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発達障害