ちょっと変わってて世話が焼ける子?(2)

前回からの続きです。

母も苦しかった?

親子の会では育児に悩む母親が多く集まってきます。口にするのは亭主をはじめ家族や親せき一同から、”おまえの育て方が悪い!”と責められる苦しさです。少しずつ追い詰められていった結果、虐待に発展するケースが目立ちます。母がわたしへの育児に苦しんでいたのかどうかは、幼いわたしが知る由もありません。うっすらと記憶に残っているのは、父がわたしの事で母をなじるシーンです。”お前が悪いんだ!””聡美(わたし)をほったらかしにしたから、こうなった”と、父はよく母に激高していました。

中学生になると近所でも”気ちがいじみた問題児”として、母は近隣からからかわれる経験をしていた様子がうかがえます。壁越しに”あそこの家のお嬢さん気ちがいなのよ”と、ささやきあう声もしばしば聞こえてきました。何よりも恐ろしいのは近所の目だったのです。

療育を受ければ生きやすくなるか?

発達障害が話題に上り始めて14年ほどになります。療育への必要性が教育業界や医療業界で、認識されるようになった甲斐もあって、主要な学校では発達障害を含めた特殊支援学級が、併設されるようになりました。早期発見・早期療育による生きづらさの緩和を、期待する声が多くなっています。 先駆的地域ではすでに設置されていたのかもしれませんが、少なくとも わたしの小学校時代(1970年代初頭)では、特殊学級なるものを耳にした事がありません。

わたしが幼いゆえに知らなかっただけなのか、福祉業界に詳しい仲間に確認してみても、ようやく特殊学級が作られたのは、昭和70年代後期である事は確かです。ただし知的障害への理解が今ほど進んでおらず、発達障害の”し”もなかった時代ですから、2020年現代で考えられている”療育”とは、ほど遠いものでした。

ある程度の効果は期待できるという、若いお母さんたちの声がある一方で、”同調圧力をかけられるだけの指導なら、ない方がまし”という当事者らの声も聞かれます。ようは横並びになるために、常識を植え付けるだけのものになっていないか、その人らしさをどこまで尊重しているかなのですが、実際に飛び込んでみないと、こればかりはわかりません。

指導員の多くが定型発達者であるのも気になります。ちなみにわたしは療育未経験者です。それでも成長していく中で、ある程度の学習もしてきましたから、幼少時代と比較してもはるかに生きやすさが違います。環境が劇的に変わった影響もあるでしょう。そう考えると療育をした方がいいのかどうかは、結論が出ません。今後の動向をみていくしかないのです。

お薦めは親子の会

発達障害児童の育児に悩むお母さんたちへのおすすめは、家族会への参加です。可能ならお父さんと一緒に参加してください。同じ悩みを持つお母さんたちの体験談を聞くことは、励みになりますしお役立ち情報を得られる機会でもあるのです。実際多種多様な家族会が地域に1つはできていますから、相性の良いところに顔を出してみると良いでしょう。もよりの保険センターか、かかりつけのクリニックに相談してみてください。

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