新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!~負のスパイラルを断ち切るために~|日本赤十字社

新型コロナウイルスの3つの顔を知ろう!~負のスパイラルを断ち切るために~

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ふむふむ・・・・とても重要です

適度な距離感がわからない

べたべた?冷酷?

発達障害者の特性で適切な距離感が判断できないというのがあります。物理的な距離感と人間関係構築上の意味合いと2つあり、いずれの場合もわたしは距離感を理解できていませんでした。それも人間関係で破綻をきたす要因の1つです。妙にべたべたするかと思いきや、冷淡と評される事もあり気難しいもしくは、神経質と言われていました。

べたべたするのは同姓だけとは限りません。言い方を変えれば馴れ馴れしいとなるのですが、社会的立場に関係なく、誰にでも気軽に声掛けしていましたから、ずうずうしいあるいは大胆不敵とも、受け取れます。子供が臆することなく近づいてきて、ひざに乗ってくるのは愛くるしいですが、成人した大人になってもそのままなのは、問題です。

通常は友達との様々なつきあいの中で、学習していくものでしょうが、わたしはまったく学習できなかったのです。同時に自分が興味ない事には、見向きもしませんから、わたしが居心地よいと感じる距離感を周囲に求めていました。

恋愛も同様に、”わたしだけを愛して””わたしだけを見て”と、女王様のようにわがまま勝手な思いを、求めていくのは相手が自分に、関心と興味を持ち始めるまでです。恋愛遍歴を繰り替えす人の多くは、もしかしたら発達傾向の強い人かもしれません。

”近づきすぎ”でおかしなやつ

距離感がわからないゆえの笑い話のような、ほんとうの話です。”おいで~”と誘われると、身体に密着する距離まで近づいていきます。想定外の状況に大半はのけぞっていました。小さい子供ならかわいいですみますが、成人していたら”きもい”と言われるか、セックスアピールと勘違いされて、”軽い女”になってしまうでしょう。この特性で子供の頃はよくからかわれました。

地図が読めない

距離感のなさは地図の読み込みにまでおよびます。100mと言われても100mが、どの程度の範囲なのかがわかりません。これではどれだけ正確な地図を作製してもらっても役に立つわけありません。

通常は迷うはずのない直線道路で道に迷ていたのは、このためです。方角もさっぱり理解できないですから、妙な冒険心をおこして、いつもと違う道をいきようものなら、自分の家にも帰れなくなります。

物理的距離感は具体的な説明で理解

程よい距離感の距離感は、両腕をまっすぐ伸ばして、届く範囲が基準と教えてもらったのは、30歳過ぎてからです。おおよそ50cm四方の範囲が、お互いに安心できる距離だと知りました。机を1つ間に挟む程度と教える場合もあります。自力では学習できない問題ですから、具体的な説明をきちんとしてあげるのが適切です。

傷から学ぶ事もある

人間関係の距離感は学習するすべが少なく、自力での脱出は難しいです。言葉を重ねてわかるというものではありません。親しい関係ほど本当の事は、言ってもらえないのが現実でしょう。小さいお子さんをお持ちのお母さんは、いかほど育児に苦労されている事でしょうか。

気がついたら嫌われていた、嫌われている事に気づけないといった告白は、当事者会の定番中の定番です。誰よりも空気が読めてしまうゆえに、なんとなく冷たい空気を感じ取った時は、ほんとにさみしく切なくなってきます。裏切られたり騙されたりなど、トラウマをいくつも背負いながら、少しずつ距離感を学んでいったわたしですが、学べない人は何をやっても変われません。

周囲にできる事は、”ここは嫌なのだ”という正直な気持ちを、そのまま伝えてあげる事でしょう。教えてもらわないと気づけない事が多いのです。自分で気づけよ!それくらい察すれよ!と言われても気づけません。理解者を1人でもいいから周囲に作る事も、生きづらさから抜け出す方法でしょう。

究極の運動音痴だった子供時代

運動会はいつもビリでゴールイン

わたしの運動会の思い出と言えば、万年ビリでゴールしていた事だけです。何をやっても他クラスメートと、歩調を合わせる事ができないなど、不器用に超が3つ付くほどの運動音痴でした。保育園や幼稚園の頃からです。特にパン食い競争は、パンにかすかに触れる事はあっても、まったくとらえる事ができませんでした。見かねてパンをとってくれる教師もいました。 今思い出してもあの時の悔しさと恥ずかしさが、昨日のようにみがえってきます。

他の子はすいすいできるのに・・・

”こっちができなくても、せめてこの競技だけはクリア”とはいかず、何をやっても他の子のようにスムーズにいきません。当然ながら自己肯定感は全滅です。それでも体育の時間は平等にやってきます。結果は火を見るよりも明らかでしたが、プログラムどおりに進む体育は、わたしにとって地獄の時間でした。こうなるとますます運動大っ嫌いになる事は必須です。唯一心癒したのは読書と作文の時間でした。文芸作品からSFあるいは科学の本や詩集など、あらゆる作品を読みあさったものです。

作文は自分の頭の中に浮かんでくる言葉を、そのまま紙の上に乗せていくだけです。頭の中には言葉がたえず渦巻いていましたから、書くことに困る事はありませんでした。ただしその時の気分によってもペースが違ってきます。一定を求められると書くことも苦痛になってきました。

よういドンのピストルに怯え・・・

運動会でわたしが最も恐れたものは、ピストルの爆音です。大きな音が大の苦手だったのですが、誰にもその苦しみをわかってもらえないさみしさに、じっと耐えていました。競争どころの話ではなく、ピストルの衝撃で完全に思考停止していたのです。結果的に万年ビリに拍車をかける事となります。

他の子がつっころぶと立ち止まるわたし

わたしの万年ビリに勢いをつけていたものが、もうひとつありました。隣を走っていた子がけつまづく事です。そのまま走っていけばいいものを、思わず立ち止まってその子を振り向き、さらに立ち上がって走りだすのを見届けてから、わたしもレースを再開します。結果は予想通りビリで到着しました。やっと訪れた名誉挽回のチャンスを、自ら逃していたのです。

けしてその子を憐れんでいた感覚はなく、単にハプニングに弱かっただけだったはずですが、父からは案の定”競争心がなさすぎる”と、何度も叱られました。そもそもなぜここで競争しなければならないのか、ほとんど理解できていなかったのです。”勝つこと”にどのような意義があるのかも、全くわかっていませんでした。

発達障害者に多いアンバランスな運動機能

発達障害者には、逆立ちや片足たちあるいは跳び箱、逆上がりなど筋力を使う競技に、苦手意識を持つ人が多くいます。これは筋力の成長が不特定多数の人よりも、緩やかだからではないかと、仮説を立てている人の話を耳にして、妙に納得しました。

一方で優秀なオリンピック選手も多く輩出していますから、けして当事者のすべてが、深刻な運動音痴だと断定できません。好きなものには過集中で取り組む傾向がありますから、驚異的な練習量を積んで一流になっていく人もいます。

かくいうわたしもウインタースポーツの中でも、特にスキーに深い興味と関心を寄せていた時期がありました。通常の3倍以上の努力と日数を重ねて、ひとどおりの技を習得しています。スキップ演習だけはいまだに苦手です。

さらにピストルのような大きな音が苦手な当事者も目立ちますが、聴覚過敏がある子には、想定以上に大きく聞こえているかもしれません。実際あまりの衝撃に耐えられずに、これがもとで不登校に陥るケースもあるようです。2020年現在は少しずつですが、ピストルを運動会で使わない学校も増えています。

1人1人違う

昨今多様性を認めて対応していく動きが、教育者や支援者の間でも広まっているのは、大変喜ばしい事です。少数派に優しい対応をしていけば、結果的にはみんなの安心感につながっていくのだ、という概念がさらに多くの人達の間で、当たり前になっていってくれたら、わが国で起きている問題の半分は解決するのではないでしょうか。

一方でこだわりが強い当事者本人は、はたして自分以外の人の多様性を受け入れているのか、少々心もとないのが本音です。つい当事者という立場に寄りかかってしまう弱さを痛感しています。お互いの弱さを許しあう社会や街を形にしていきたいと、思うこの頃です。

興味のある事や好きな事ならがんばれる

先述したように運動音痴なわたしが、たった1つ夢中になったのがスキーです。好きな事ならどれだけ過酷な練習でもやり抜くことできました。このあたりはアスペルガー症候群の特性が、本領発揮したおかげでしょう。そもそも運動量は個人差があるのですから、競争にまで強引に持っていって、ハイレベルな要求をしてくる事そのものがずれていると、考えたら間違いでしょうか。わたしはもっとのんびりゆったり運動を楽しみたかったのです。こういう発想の人間もいるのだと知ってください。

新春あるあるカフェ

あるあるカフェ
年度初めのイベントです

時:4月18日(土)13:30~
場所:イベlabココカラ
(広丘駅から徒歩15分~20分、地図参照)
費用:500円(ドリンク代込)※持ち寄り大歓迎
定員:10名まで

内容
・自己紹介(名前だけでもOK、パスあり)
・茶話会(生きにくいこと、やり辛いことを分かち合います)

参加者の条件
・発達障害の診断を受けた方、発達障害に関心のある方

ルール
・他の人を攻撃しない
・個人情報を漏らさない
 ・個々にできるコロナ対策をしてください。
(当方でも殺菌ツールは準備します。
 ・体調の悪い方はご無理のないようにご参加ください。

主催:あるあるカフェ/あるあるラボ塩尻支部

これって共感覚なの?

白鳥の王子

あまり話題にされませんが・・・

発達障がいの特徴として”過集中”もしくは、奇才が頻繁に話題になりますが、天才的才能を発揮しているのはごく一部です。そもそも不特定多数の人とは、違う視点から物を見る人が多いですから、どこをどう活かしたら良いのか苦しむ、趣味嗜好パターンも多々あります。今後通り一遍でない生活スタイルー働かなくてもいいなどーも、認められてもいいかもしれません。

NHKさんで1回だけ話題になった特性に、共感覚があります。たとえば文字にカラーが見えたり音がなったりする、文字が数字に変換するといったものから、昆虫や樹木と会話ができるなど様々です。自然との一体化は、もはや巫女さんの世界になります。もしかしたら歴史に登場する巫女の多くは、発達障害者だったのかもしれません。

リアル・ネバ―エンディングストーリー

小学校1年の時、”白鳥の王子”を読んでいたら、途中から”ネバーエンディングストーリー”とまったく同じ体験をしました。海の臭いと水の冷たさもはっきり感じたのですが、これも発達障害者に多いらしい のです。

わたしが、はじめて本と知り合ったのは8歳の時でした。”白鳥の王子”が人生初の書物です。あるページに差し掛かった時、目の前で急に扉が開くように、夕日できらきらと輝く大海原が広がり、金髪をなびかせた少女が、目の前に立っていました。そして真っ赤な夕日を背にして、真っ白い11羽の白鳥が必死に飛んできます。

塩辛い海の香りと風に包まれ、油絵のような美しい光景を前に、ただ茫然と立ち尽くすしかありませんでした。幻はそこでかき消すように消えて、もとの部屋に戻っています。”なんて美しい文章、わたしは、美しい文章をかけるおとなになろう”と、心に固く誓いました。

美しい地球交響曲に息をのむ

小谷村に住んでいた時(共働学舎にいた頃なので20年くらい前?)夏の朝4時頃です。わたしは畑の真ん中にたっていました。四方は白馬八方尾根がぐるりと囲んでいます。空から女声合唱、大地から男声合唱、山から弦楽器合奏が大音響で鳴り響いていました。この世のものとは思えないほど美しい音楽でした。 冬に山に入ると、木から雪がはらはらと舞い落ちるたびに、鈴の音が聞こえてきますが、同時にオーケストラも聞こえました。

街に住み始めてからは、街路樹が久々の雨に喜んで、歓声をあげているのに遭遇した事があります。 普段はほとんど何も聞こえないのに、雨がざーっと降ってきたその日、木々が”ほーっ”と歓声を上げていました。こういった音は、みなさんは聞こえるのでしょうか?

ついでに時々飼い猫の雄と心で言葉を交わしています。猫語はわからないのですが、普通に会話できるのです。 飼い主なら愛猫や愛犬の気持ちがわかると言いますから、さほど驚くことではないのでしょう。

脳機能の偏りから来るらしい・・・

NHKでは脳機能のどこかの分野で誤作動をおこして、以上のような不思議な体験をするらしいと解説していましたが、実際のところは解明されていないのが実情だと報じていました。多くの当事者は多くを語りませんから、なぞが深まるばかりです。うっかり口にすると”嘘つき”や”気ちがい扱い”されるのがおちでしょう。

最悪いじめやからかいにつながりかねません。もしも子供たちが不思議な話を始めたら、まじめに話を聞いてあげてください。一緒に世界を楽しんでいただければ幸いです。

平岡さんは自分以外の家族が全員発達障害者であることを、告知するとともにちょっと普通とは変わった日常生活について、ユーモラスに明るく描いています。奥様の共感覚についても少しだけ触れていますから、参考になる部分は多いでしょう。おすすめです。