高熱で天国の門をくぐるはずが・・・

加齢のせい?なのか、疲れがピークになると高熱を出すようになりました。コロナパンデミックのさなかでもあるので、初めはどきどきしたのですが耳にしたような症状がでるわけでもなく、ほぼひと晩で回復します。最近はさすがに慣れてきたこともあり、高熱が出てもあまり驚かなくなりました。

その日はいきなり訪れました。だるさや肩の凝り、気持ちの低迷など”疲労”を感じさせるしんどさは、はっきり自覚していたのですが、納得できるところまで仕事をしあげたかったので、毎日深夜1時ころまで作業し続けたのです。次の朝頭がぼーっとするし重い感じだし、足元がふらついて雲の上を歩いているようだし、何とも言えない違和感を受けます。念のため熱を測ったら8度台ではありませんか!

いきなりの発熱に不安がよぎります。まさかのまさかでコロナ感染?いや待てよ、まず2~3日様子をみようとひとまず布団をしいて横になることにしました。

でも頭の中では”締め切りがある仕事を、途中で投げ出すわけにはいかないし、1日休んだ分だけ進捗が遅れる・・・”そんなことばかりぐるぐる巡っていたのです。脳を使えば使うほど熱はぐんぐんあがっていきます。ついに9度台に。

”ああ、わたし、これで死ぬのかな、もはやここまでか”と、高熱でもうろうとしている中で、ふと思いました。ここから先は、さすがにクリスチャンならではの発想がうかんできます。”そうか、わたしはここで天国の門をくぐるんか、やっと楽になる・・・”。キラキラした王冠を神様にかぶせてもらい、白い絹のようなドレスにまとった、自分の晴れやかな笑顔を眺める、もう1人のわたし。

”ああ、でも旦那は残していけないな、まあいいか、きっと神様が守ってくださる、神様にまかせよう。神様、いつでも命をとってくださってOKですよ。準備はできていますから”。目の前にまばゆいばかりの光に包まれた大広間が、ひろがっています。わたしは次に目がさめたらここにいるんやな・・・。死ぬのはちっとも怖いと感じませんでした。むしろやるべきことはすべてやりつくしたという達成感と、やっと楽になれる安ど感に満たされていたのですが・・・。

次の朝には35度台にまで熱が下がっていました。”なあんだ、まだ生きなきゃいけないんか・・・。これ以上生きてなんになるんよ”という失望感とさみしさが、胸いっぱいに広がっていたのです。

これ以降2~3週間おきに高熱が出るようになり、1晩だけの休養を繰り返すことになります。自分の限界を体が教えてくれるという意味では、ありがたい現象です。発達障がい者は時として自分の限界を超えて、過集中で目の前の作業をこなそうとする特性が多くみられます。人間はロボットではないですから、適度の休養が必要です。といったことを改めて思わされた体験でした。

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